一首評

おっ

・SFはフグ田サザエのイニシャルで彼女は推理小説が好き
(おっ 題詠blog2010「SF」より)


そういえば「磯野サザエ」じゃなくて、結婚してるから「フグ田サザエ」だよなぁ。へぇ、推理小説が好きだったんだ。公式プロフィールにも書いてあるじゃないか。24歳って、僕よりも若かったのかぁ。

http://www.fujitv.co.jp/b_hp/sazaesan/sazaesan_cast.html

みんなが知っているサザエさん。改めてこう書かれてみると、意外にも知らないことばかりである。お茶の間でお馴染みの存在が、突如として謎めいてくる。

三句目「で」の使い方が巧い。当たり前のように順接と見せかけつつ、意外へ、意外へとジャンプしている。

「おっ」さんに一度だけお会いしたとき、その自選歌に僕は心底笑い転げた。

・いい国を作ろうという公約は守られたのか鎌倉幕府
・それぞれに抱く正義が違うので足を踏みあうヒーローの群れ
・縁側に誰も座りはしないのに全力で咲く母の向日葵

また会いたいな。きっとすぐ会えるさ。そう思ったけれど、今のところお会いしたのは一度きり。ブログも現在は閉鎖されていて、「おっ」さんの作品をまとめて読める場所は、今となってはあのときいただいたプリントのみだ。

・スカートを布団の下に敷いて寝る彼女は夜にアイロンになる
(夜はぷちぷちケータイ短歌 2011年4月17日放送)

夜ぷちが終了した今、「おっ」さんの短歌をこれからどのような場で読むことができるのだろうか。僕はとても楽しみにしているのだけれど。

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ゾッウッゾッ

・印刷機がゾッウッゾッと出してゆく空に根を張るごとき梅の木
(藪内亮輔「海蛇と珊瑚」 2011年角川短歌賞次席作品)


「海蛇と珊瑚」の一聯からは紹介したい歌がたくさんあるが、この一首を選んだ。

藪内さんの作品は描写の丁寧さ、確かさ、その背景にある観念の分厚さが魅力である。描写の丁寧さは冒頭の数首で力強く提示されている。

・月の下に馬頭琴弾く人の絵をめくりぬ空の部分に触れて
・明け烏ふはりと空を降り来たり黒きつばさの裏をさらして

そういう中で垣間見られるユーモアもまた、作者の魅力である。

・数式はあゆむ間にさへ現れてわれを電柱にぶつからせしむ
・くらがりに電話ボックスひとつありすらりと光立ててゐるなり
・コンビニに貰ひし箸についてくるつま楊枝ちさく先尖りゐる

そのふたつが交差するところに、次のような秀歌が生まれる。

・ポケットに冷たく握る硬貨あり百円玉の花は枯れない

紹介歌は丁寧さとは異なるが、ダイナミックでいて緻密な描写が他にはない気がする。ゾッウッゾッは言われてみればなるほど、「空に根を張る」というから根っこの方から印刷されているのであろう。(もしかしたら枝の様子が空に根を張るようであるのかもしれないが、梅の木が逆さに印刷されてゆくダイナミズムとして読みたい。)梅は古木であろう。写真というより水墨画のような重厚さが伝わってくる。

「海蛇と珊瑚」全体としては「死」が主題と読み取るのが自然だろうが、作者としては死を自分に手繰り寄せきれていないように見受けられるのが残念である。少し客観的な立場としての

・おしまひのティッシュペーパー引くときに指は内部の空(うつほ)もひけり

のような歌の方が成功しているように感じる。

最後に作者の好きな蛇の登場する、少し(技巧的に)お洒落な歌を紹介してこの評を終わることにする。

・ときどきに句跨るからこそ歌に蛇(くちなは)がくる花をくはへて

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悲しいだった

思いたたが吉日。早速一首評ブログをスタートです。有名な秀歌を取り上げるより、自分が気になった歌、好きな歌を紹介できればなあと思います。月二回程度を目標に。ケータイ短歌からの紹介が中心になると思いますが、今回はこちらです。


・三越のライオン見つけられなくて悲しいだった 悲しいだった
(平岡直子「みじかい髪も長い髪も炎」 歌壇2012年3月号)

正月にラジオで天皇杯サッカー中継を聞いていた。決定的な瞬間に思えたのだろうか、高まる歓声に続いて実況のアナウンサーが、「ああ、今のはオフサイドだったですね」。

有名な三越のライオン像。見たことはないけれど、当然のごとくその存在は知っている。待ち合わせ場所になるくらいだから、目立つ場所にあるのだろう。それを見つけられなかった。

「悲しいだった」からは、言いようもないやるせなさが伝わってくる。興奮冷めやらぬとき、気持を整理し切れていないときには、文法的におかしな言葉が口を突いて出てしまう。日本語として正しくは「悲しかった」や「残念だった」であるが、これでは既に過去の出来事となっており、落ち着いて振り返っている。「悲しいだった」によって、今まさに悲しい状態にいるという臨場感、加えてそのような境遇にある作中主体が浮かび上がってくるのである。

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