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悲しいだった

思いたたが吉日。早速一首評ブログをスタートです。有名な秀歌を取り上げるより、自分が気になった歌、好きな歌を紹介できればなあと思います。月二回程度を目標に。ケータイ短歌からの紹介が中心になると思いますが、今回はこちらです。


・三越のライオン見つけられなくて悲しいだった 悲しいだった
(平岡直子「みじかい髪も長い髪も炎」 歌壇2012年3月号)

正月にラジオで天皇杯サッカー中継を聞いていた。決定的な瞬間に思えたのだろうか、高まる歓声に続いて実況のアナウンサーが、「ああ、今のはオフサイドだったですね」。

有名な三越のライオン像。見たことはないけれど、当然のごとくその存在は知っている。待ち合わせ場所になるくらいだから、目立つ場所にあるのだろう。それを見つけられなかった。

「悲しいだった」からは、言いようもないやるせなさが伝わってくる。興奮冷めやらぬとき、気持を整理し切れていないときには、文法的におかしな言葉が口を突いて出てしまう。日本語として正しくは「悲しかった」や「残念だった」であるが、これでは既に過去の出来事となっており、落ち着いて振り返っている。「悲しいだった」によって、今まさに悲しい状態にいるという臨場感、加えてそのような境遇にある作中主体が浮かび上がってくるのである。

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